判例

分譲マンションにおけるペットに関する判例(要旨)

1.ペット飼育禁止の管理規約に違反して犬を飼育している占有者(賃借人)に対し飼育禁止を求めた事例  
(大阪地方裁判所  平成2年10月25日判決) 判例要旨

管理規約は「専有部分において、小鳥、魚以外の動物を飼育して、他の区分所有者に迷惑を及ぼす行為」をしてはならない旨規定し、端的に「専有部分内における小鳥、魚以外の動物の飼育を禁止する」とは表現されていない。しかし、この規定は、犬猫などの動物の飼育を禁止する趣旨で定められたもので、原告の規定の運用が一貫してその趣旨で行われてきたこと、及び被告の犬の飼育が他の区分所有者に対して現実に迷惑を及ぼしていることからすれば、被告の犬の飼育は管理規約に違反するものである。 しかも、飼育禁止規定がマンション「区分所有者の円滑にして、快適な共同生活を維持するため」の自治規程であることからすれば、この規定に違反することは、このマンションの区分所有者の共同の利益に反するものである、として原告の請求を容認した。 なお、本件マンションにおいては、当時犬を飼育していたものが他にも2人いたが、一人はマンションを売却して出ていき、他の1人は他に転居した。 また、この事例では、バルコニーにサンルームのようなものを設置してそこで犬を放し飼いにしていたが、本件では問題にされていないようではあるものの、通常は共用部分であるバルコニーにそのような物を設置することは認められない。

2.ペット飼育に関して、現に飼育する一代限りに限って認める旨の規定に従って、その後に飼育するに至った区分所有者に対し犬の飼育禁止を求めた事例
(東京地方裁判所  平成6年3月31日判決) 判例要旨

被告らは、現在飼育を許されている者との対比において、管理規約の効力を否定するが、本規定が小鳥、魚以外の動物を飼育することを禁止している管理規約に違反して飼育している者がいたことに対する具体的な妥協策として、現に飼育し管理組合に登録した犬猫一代に限ってのみ飼育を認めることを総会において決議し、時の経過に伴ない、犬猫を飼育するものがいなくなるようにしたもので、現在飼育を許されている者であっても、新たな犬猫を飼育することは禁止しているのであるから、本規定の効力が被告に及ぶことは明らかである。また、犬猫の飼育に関しての原告の運用についても、右決議に違反した事実は認められない。したがって、被告らの犬の飼育に対し、本件規定の遵守を求め、飼育をやめるよう要求することは、共同生活の秩序維持を図る原告の自治的活動としてなんら不合理ではない、として原告の請求を容認した。

3.規約を改正してペットの飼育が出来ない旨定め、規約が改正される以前からペットを飼っていた者に対して ペットの飼育の禁止を求めた事例
(東京高等裁判所  平成6年8月4日判決) 判例要旨

被告は、区分所有法6条1項の「共同の利益に反する行為」とは、動物を飼育する行為を一律に含むものではなく、動物の飼育により他人に迷惑をかける行為で具体的な被害が発生する行為に限定され、本件マンションにおいて動物の飼育を一律に全面禁止する管理規約は無効であると主張する。しかし、区分所有法6条1項は、区分所有者が区分所有の性質上当然に受ける内在的義務を明確にした規定であり、その1棟の建物を良好な状態に維持するにつき区分所有者全員の有する共同の利益に反する行為、すなわち、建物の正常な管理や使用に障害となるような行為を禁止するものである。この共同の利益に反する行為の具体的内容、範囲については、区分所有法は明示しておらず、区分所有者は管理規約においてこれを定めることができる。そして、マンション内における動物の飼育は、一般に他の区分所有者に有形無形の影響を及ぼすおそれのある行為であり、これを一律に共同の利益に反する行為として管理規約で禁止することは区分所有法の許容するところであると解され、具体的な被害の発生する場合に限定しないで動物を飼育する行為を一律に禁止する管理規約が当然に無効だとはいえない。本件マンションで、改正後の管理規約において動物の飼育を一律に禁止する規定をおいた趣旨は、区分所有者の共同の利益を確保することにあったことがうかがえるから、被告が本件マンションにおいてペットである犬を飼育することは、その行為により具体的に他の入居者に迷惑をかけたか否かにかかわらず、それ自体で管理規約に違反する行為であり、区分所有者の共同の利益に反する行為に当たる。 また、被告は動物の飼育全面禁止を定める本件規約改正は被告の権利に特別の影響を及ぼすから、区分所有法31条1項の規定により被告の承諾が必要であり、その承諾なくして行われた本件管理規約の改正は無効であると主張する。しかしマンション等の共同住宅においては、戸建ての相隣関係に比べて、その生活形態が相互に及ぼす影響が極めて重大であるため、他の入居者の生活の平穏を保証する見地から、管理規約により自己の生活にある程度の制約を強いられてもやむを得えない。もちろん盲導犬のように飼い主の日常生活・生存にとって不可欠な意味を有する場合は、当然ながら飼い主の権利に特別の影響を及ぼすといえるが、ペットに関しては飼い主の生活を豊にする意味はあるとしても、飼い主の生活・生存に不可欠のものではない。したがって、本件規約改正は被告の権利に特別の影響を与えるものではなく、その承諾は不要である。 として、原告の請求を容認した。

4.上記2と同様、ペットの飼育を現に飼育する一代限りに限って認める旨の規約改正に関し、動物の飼育を禁  止することは権利の濫用にあたるか、また、現在飼育が認められている者との比較において平等の原則に  反するか、が争われた事例
(東京地方裁判所  平成8年7月5日判決) 判例要旨

被告は本件管理規約の規定のみならず、本規定が小鳥、魚以外の動物を飼育することを禁止している管理規約に違反して飼育している者がいたことに対する具体的な妥協策として、現に飼育し管理組合に登録した犬猫一代に限ってのみ飼育を認めることを総会において決議し、時の経過に伴ない、犬猫を飼育するものがいなくなるようにした管理組合の措置を知りながら動物の飼育を始めたものであり、このような本件規定に違反する行為を放置していては規律を保つことが出来ないから、本件規定に基づき、被告に対して犬の飼育禁止を請求することは、権利の濫用には該当しない。 本件規定は、当時管理規約に反して動物を飼育する者が多数存在するにあたり、将来的に違反者を皆無にするための現実的な妥協策として、当時の犬猫飼育者に配慮しながら定められたもので、現在飼育している者も新たな犬猫の飼育は禁止されているのであるから、本件規定の適用をうけるものであることは明かであり、本件規定は合理的理由があり、平等の原則には反しない。 として、いずれもペット飼育者の主張を退けた。

*文中の原告とは、マンションの管理組合の事を指します

[2003年3月] 分譲マンション居室下のポンプ室からの騒音

本件は、購入したマンション居室の真下にあった給水ポンプ室から相当程度の騒音が発生した場合について、売買契約の錯誤無効を認めた事例である。(大阪高等裁判所平成12年12月15日判決 上告 判例時報1758号58ページ)

事件の概要

X:原告(控訴人、消費者) Y:被告(被控訴人、マンション建築・分譲業者) A:Xの妻B:Yの販売代理人(不動産業者) C:Bの販売担当者 D:本件マンションの設計・施工・監理会社 Xの妻Aは、Xの指示で平成8年1月22日、当時建築中の本件マンションを見たうえ、同マンションの販売センターを訪問し、同センターで売り主Yの販売代理人であるBの販売員Cから本件マンションのパンフレット、図面集および価格表を受け取り、モデルルームに案内され、説明を聞いた。 その結果、本件居室(2階203号室)が気に入った。が、図面集の中の1階平面図や価格表によると、本件居室の真下(1階)には「受水槽」との記載があったので、水を溜めているふた付きのプール様のものが存在していると思い、それ自体は音はしないと思ったものの、注水音はするかもしれないと思い、Cに対し「音はしないの」と尋ねたところ、Cは「昔はしましたけど、今はしません」と答えた。 そこでAは安心したが、なおも、2階の部屋と3、4階の部屋との価格差(上の階が高額で下の階が低額)について説明を求めたところ、Cは「マンションは高層住宅である。2、3階は高層のメリットがない。普通の家と同じだ」と答えた。そのため、Aは、右の価格差は眺望だけに由来するもので、受水槽の真上であることが価格に反映しているわけではないと思って安心し、同月28日、Yから本件居室を代金5160万円で購入した。 ところが、同年8月27日にXら一家が本件居室に入居したその晩から、滝の流れるような「ザー」という音が室全体(床、天井、壁)から、不定期の周期で昼夜関係なく一日に何度も聞こえてくるのを経験し、同年10月にYに対し苦情を申し入れた。 その結果、同年12月に、Aのほか、Y、B、Dの関係者が集まり、その席上、Aは階下(1階)の本件ポンプ室(図面集や価格表には「受水槽」と記載されていた場所)を見せてもらったところ、同室には受水槽のほか、給水ポンプ3台、圧力タンク、給水管等各種配管、制御盤等が設置されていた。Aの目には、それが巨大プラントのように見え「こんな物の真上に住戸を作るなんて」と怒りを覚えたが、そのとき初めて本件マンションは高架式給水方式(受水槽の水をポンプで屋上などの高架水槽にくみ上げ、重力を利用して各階に給水する方式)ではなく(重要事項説明書の記載には「受水槽」とともに「高架水槽」との記載があったが、本件マンションには高架水槽は存在しなかった)、加圧式給水方式(受水槽の水をポンプでくみ上げ各階に給水する方式。高架式でもポンプが必要だが、ポンプが稼動するのは高架水槽の水が無くなったときに限られるのに対し、加圧式では常時ポンプが稼動している点で異なる)が採られていることも知った。 YおよびDは、本件ポンプ室内の防振対策を試みたが、Xは本件売買契約時の告知義務違反及び防音工事が不十分であることを理由としてYに対し本件居室の買い取りを求め、Yがこれを断ったため、平成10年6月19日に、Xは、瑕疵担保責任による解除、錯誤無効、詐欺取り消しを理由として売買代金の返還を求めて訴訟を提起した。一審はXの請求を棄却したので、Xが控訴した。

理由

本件ポンプ室を発生源とするX居室における騒音は、本件売買後のXの要求に基づくYないしDによる改善措置により多少は軽減したものの、その後もなお、日本建築学会の適用等級基準の特級ないし1級程度の騒音は発生していて、通常の静けさの住環境にあるとは必ずしもいい難いものであった。 そればかりか、本件ポンプの消耗部品である「密封玉軸受け」の経年劣化による異常音が発生するに至っては、同基準の3級(遮音性能上最低限度である。使用者からの苦情が出る確率が高いが社会的、経済的制約などで許容される場合がある)に該当し、X居室が通常の静けさの住環境にあるとは全くいえない状況になっていた。そして、右密封玉軸受けの経年劣化による異常音を避けるためには3年を目安とした交換を必要とするが、そのためには、本件マンション管理組合において費用負担を承認する旨の同組合理事会の決議が必要であって(ちなみに、本件ポンプ等給水設備自体の経年劣化により異常騒音が発生した場合も同様である)Xのみの意見で交換することはできない状況にあるというべきである。 そして、右事実から、X居室には民法570条にいう隠れた瑕疵があると直ちにいうことはできないとしても、本件売買契約におけるXの意思表示は法律行為の要素に錯誤があったというべきである。 すなわち、本件売買契約に際し、図面集の中の1階平面図や価格表のX居室の真下(1階)の「受水槽」との記載に関し、Xの妻Aが、Cに対し「音はしないの」と尋ねたのに対し、Cが「昔はしましたけど、今はしません」と答えたことは、通常の静けさを享受できる住戸としてX居室を購入する旨のXの動機が表示されているというべきである。 ところが、X居室における騒音の状況が前記のとおりである以上、Xの意思表示には法律行為の要素に錯誤があるというべきであり、本件売買契約は無効であるといわなければならない。

解説

本判決は、購入したマンションの真下にあるポンプ室からの騒音を理由として、購入した居室の売買契約が要素の錯誤により無効となると判断したものである。 マンションの騒音に関する事例には、上階からの生活騒音等によりマンションの遮音性に欠陥があるとして瑕疵担保責任、錯誤無効等を主張した場合に、売買の目的を達することができない程度の瑕疵があると認めることはできないとして、買主の請求を排斥した事例(参考判例(1))、新築マンションの分譲に当たり、十分な防音性能を備えたマンションを提供するとの広告およびセールストークに反して遮音性を欠くマンションを提供した売主には、それにより下落した価格相当の損害を賠償する責任があるが、当該事件においては損害額の証明がないとしつつ、不眠等の精神的損害については認容した事例(参考判例(2))などがあるが、騒音を理由とする錯誤無効を認めた事例は珍しい。 錯誤無効の結論を導くにつき、本判決は、日本建築学会の集合住宅居室における室内騒音に関する適用等級基準を用いている。これは、騒音等級に応じて、適用等級を特級、1級、2級、3級に分類するものであり、同学会は、1級をもって学会推奨標準としつつも、さらに「集合住宅などで、建築物に付属するポンプ、エレベーターなどの共通設備機器の運転による騒音(とくに固体伝搬音)については、レベルの問題ではなく、聞こえるかどうかが問題になるので、右適用等級基準一級の性能を満足していても、音が聞こえるとの指摘を受ける場合がある。とくに、ポンプなど『ブーン』という鈍音性の成分を含む騒音は、小さなレベルでも感知されやすく、クレームにつながることが多いので、1ランク厳しい値で評価したほうがよい」としている。 この基準によると、本件居室の騒音は、本件ポンプの消耗部品である密封玉軸受の経年劣化による異常音が発生するような場合には、同基準の最低レベルである3級ないしそれより下に該当することになる。このような学界基準を用いた判断は、同種事案の解決の参考となろう。 なお、動機の錯誤は動機が相手方に表示されて意思表示の内容になる場合に要素の錯誤(民法95条本文)として無効になり得るというのが判例の立場であるが、本判決は、売買契約締結に際して、買い主が「音はしないの」と尋ね、売り主が「昔はしましたけど、今はしません」と答えたことによって、動機が表示されていると判断した。また、YはXに重大な過失(同条ただし書き)があると主張したが、本判決はXに重過失はないとした。

マンションの眺望に関する判例

【未完成マンションに関する説明義務】

モデルルームで「二条城の眺望が広がる」と説明され購入を申し込んだ京都市内の新築マンションが、実際は隣接ビルに眺望が遮られていたとして、買主が不動産業者らに損害賠償を求め、大阪高裁が業者側の虚偽説明を認定し約560万円の支払いを命じた訴訟で、最高裁は10月30日までに業者側の上告を受理しない決定をしました(日本経済新聞平成12年10月30日夕刊)。大阪高裁は「未完成のマンションで、売主は実物を見聞できたのと同程度までに説明する義務があり、状況が一致しなければ売買契約を解除できる」としていました。

【マンション購入後に建物が建てられた場合】

上の場合とは事案を異にしますが、マンション購入後に隣地に建物が建てられた場合に、眺望や日照が害されたとして、業者の損害賠償責任が問題になった事件も多数存在します。つまり、業者がマンションを販売する際に、顧客に対してマンションの眺望・日照などについて説明する義務があったにもかかわらず、業者がこれらの説明を怠ったとして顧客が業者の責任を追及するということです。ただ、従来、実際にはこの点に関して業者の責任が認定されることは希であり、顧客の請求が認められたものはわずかであったようです。例えば、リゾートマンションの6階の1室を買い受け後、隣りに別のリゾートマンションが建築されたため、北アルプスの眺望が半分以上害されるに至ったという事案で、東京地裁平成5年11月29日判決は、T眺望を保証する特約はなかった、U業者は隣地の建築計画を知らなかった、かつ、知らないことにつき重過失がなかったとして、買主の請求を認めませんでした。

【業者の損害賠償責任が認められた事例】

他方で、業者の損害賠償責任が認められた事例もあります。類似の事案において、眺望の良さが大きなセールスポイントであったこと、販売価格を設定するに際しても眺望の良さが判断要素となっていたこと、顧客も隣地にマンションが建築される可能性がないことを信頼して購入したこと、業者も顧客がそのような信頼を抱いて購入したことを十分に伺い知ることができたことからすると、顧客の信頼は法律的な保護に値するものであるにもかかわらず、その業者自らが隣地に眺望を害する形でマンションを建築したことが不法行為にあたり、業者の損害賠償責任を認めた事例(横浜地裁平成8年2月16日判決)があります。ただ、業者自ら隣地に建築したという点がこの事案の特殊な点であるといえます。

【日照・通風に関する判例】

東京地裁平成11年9月8日判決で、この点の業者の責任が認められています。業者は不動産売買に関する専門的知識を有し、他方顧客はそのような知識を有しない一般消費者であるから、業者は顧客に対し、マンションの日照・通風に関し正確な情報を提供する義務があり、業者は隣地にマンションが建築されて日照・通風が害される可能性があることを予想できたにもかかわらず、営業社員への周知徹底がなされていなかった、かえって、営業社員は隣地にはしばらくは何も建たないなどと説明していたという事案で、業者の責任を認め、手付金の半額を返還させる判断がされました。

【まとめ】

マンション一室の売買契約の場合、売主の義務は、主として居室そのものを完全な形で売ることにあり、この義務を果たせば、基本的に売主の責任を果たしたと言えます。 これに対して、眺望や日照などについて事前に十分な説明をしておくというのは、契約における付随的な義務であるといえます。 しかし、付随的であるとはいっても、この点が不十分であれば、売主が損害賠償責任を負う場合もあります。 前述の大阪高裁、および業者の上告を受理しなかった最高裁の判断は、売主の説明義務をより程度の高いところまで求めるものとして、マンションの販売方法に影響を及ぼすものと見られます。

[2000年6月] マンション居室工事による階下の騒音

本件は、マンションの居室改装工事によって受忍限度を超える騒音が発生したことについて、工事を設計監理した一級建築士及び工事を施工した業者が階下の住人に対して不法行為責任を負うとされる一方、注文主の責任は否定された事例である。(東京地裁平成9年10月15日判決確定 判例タイムズ982号229頁)

事件の概要

X1:原告(マンション居住者) X2:原告(マンション居住者、X1の妻)X3:原告(マンション居住者、X1の長女) X4:原告(マンション居住者、X1の二女) Y1:被告(一級建築士) Y2:被告(工事施工者)Y3、Y4:被告(マンション居室工事の注文主Aの相続人) Xらは、都内にある本件マンション(一階は事務所・店舗、二階以上が住居)の七〇二号室に居住していたが、その真上の部屋である八〇二号室に入居することになったAが、昭和六十三年八月三日から部屋の改装工事を行った。 この際に発生した振動により、Xらの七〇二号室の洗面所の洗面台の下に組み込まれていた給湯管の持出し管が折損し水漏れが発生したり、また、騒音・振動が受忍限度を超えるものであったため、ホテルに一時退避しなければならないなどの損害を被ったとして、この工事を設計監理した一級建築士Y1、工事を施工したY2、工事を注文したAの相続人であるY3、Y4に対して、不法行為に基づき総額四百六十五万円余の損害賠償を請求した。  争点は、 1. 工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音・振動が発生したか 2. 工事の騒音・振動によりXらが被った損害はいくらか 3. 工事の騒音・振動についてYら三名に責任があるか、 であった。

理由

本件マンションは、昭和四十八年に建築された十三階建のマンションであって、二階以上はすべて居宅である。本件マンションは、JR某駅の東南約三百メートルに位置し、用途地域は商業地域であり、北西側は交通量がかなり多い道路(平成二年二月二十三日金曜日の調査では、路線バスが一日に二百本以上通り、十分間の通過車両数は、午前九時に六十五台であるほかは、午前十時、午後零時、二時、六時とも約百台であった)に面していることが認められる。

[争点1.について]

本件マンション改装工事によって発生した騒音・振動が受忍限度を超えるものかどうかは、騒音・振動の程度、態様、発生時間帯、改装工事の必要性、工事期間、騒音・振動の発生のより少ない工法の存否、そのマンション及び周辺の住環境等を総合して判断すべきであると解する。 本件工事による騒音・振動は床衝撃音が主であるが長時間継続するものではなく断続的で、その発生は三ヶ月間だけで昼間に限られていること、Aが八〇二号室について本件工事をすることを計画したことには不当と解すべきところはなく、設計内容に違法なところはないこと、本件工事で使用された電動工具より騒音・振動の発生の少ない機器が当時開発されていたり、マンション・リフォームについて騒音・振動の発生の少ない工法が当時開発されていたりしたことはないこと、Aは八〇二号室にピアノを置く予定でいたが取りやめ防音工事を中止したこと、七〇二号室における暗騒音は窓を閉めた状態で五十デシベル、窓を開けた状態で六十四デシベルであることなどを考慮して判断すると、ダイヤモンドカッターが使用された昭和六十三年八月三日ないし六日……の騒音並びに台所の既存タイルはがし工事がされた九月十三日の騒音は、受忍限度を超えたものであるというべきである。もっとも、右各日に発生した騒音の音量、持続時間、総時間等からすると、七〇二号室から退出してホテル等に一時避難しなければならない程度であるとまで認めることはできない。

[争点2.について]

給湯管等の修理代:七〇二号室の給湯管に対してかなりの振動が伝わっているので、右給湯管は本件工事の振動によって折損したことが推認されるところである。したがって、給湯管の折損によってX1が支払った修理代二万八千円及び給湯管の折損に伴い破損した洗面所戸棚の修理代二万三千円は、本件工事と相当因果関係がある損害である。 軽井沢の山荘利用、ホテル及びリゾートホテルの宿泊代など:Xらが主張する本件工事の騒音・振動から避難するための軽井沢の山荘の利用代、避難するためのホテルの宿泊代や担当医師からX2の気分転換のため転地して静養することを勧められたとするリゾートホテルの宿泊代などは本件工事の騒音・振動との間に相当因果関係があると認めることはできない。 Xらの精神的損害について:X1は、当時某会社の専務取締役の地位にあったが、本件工事がされているときに七〇二号室に在室していたことが非常に少なく、慰謝料支払を要する程度の被害を受けた事実は立証されていないというべきである。また、担当医師より、X2の頭痛等の症状等は本件工事の騒音・振動による精神的変化を原因とするとの事実など、X3の強迫神経症等や、X4の神経症等は本件工事の騒音・振動が原因であるとの診断を受けた事実などが認められる。以上より、本件工事により被った精神的苦痛に対する慰謝料は、X2は二十万円、X3は十万円、X4は十万円が相当である。

[争点3.について]

Y2の責任について:本件工事によって七〇二号室の受忍限度を超える騒音が発生したので、本件工事に施工したY2は、損害を被ったXらに対し、民法七〇九条に基づく賠償責任がある。なお、Y2は、昭和六十三年当時、特にマンションリフォームを意識して開発された騒音対策部品はなく、低振動・低騒音の工具が開発されていなかったため、建築業者が通常手に入れることのできる機材等を利用して工事を行う限り、一定の騒音の発生は不可避であったと主張しているが、右主張の通りであっても、Y2が責任を免れる根拠となるものではない。 Aの責任について:Aは、民法七一六条の注文者であるところ、Y2に対し本件工事を注文したことに過失があるとは解せられないし、Y2に対し本件工事について何らかの指図をした事実を認めるべき証拠もないので、本件工事による騒音の発生について責任はない。なお、Aは、八〇二号室にピアノを置くため防音工事をする予定でいたがピアノを置くことを取りやめ、その旨をY1に伝えているが、これを指図とみても受忍限度を超える騒音が発生したこととは無関係である。 Y1の責任について:本件工事によって七〇二号室に受忍限度を超える騒音が発生したが、Y2は、Y1の指示・設計に基づいて施工した(解体工事及び台所の既存タイルはがし工事は、Y1の指示・設計に従うものであり、その際にダイヤモンドカッター及び振動ドリルを使用することが予定されていた)ので、Y1は、民法七一九条の共同不法行為者として、Y2とともに損害を被ったXらに対し賠償責任がある。

解説

本判決は、マンション居室改装工事によって受忍限度を超えた騒音が発生したことにより、給湯管が破裂したり、X2らが精神的疾患に罹患したなどの損害を被ったとする事案で、工事を設計監理した一級建築士及び工事を施工した業者が階下の住人に対して不法行為責任を負うとされる一方、注文主の責任は否定された事例である。 注文主の責任が認められなかった理由は、改装工事を依頼したことに過失がないこと、その改装工事について指図はしておらず、また、騒音・振動の発生のより少ない工法は存在しなかったこと、工事が昼間に限られていたことなどが考慮されたためである。 しかし、どのような注意をしても、受忍限度を超える工事しかできないとすれば、そのような工事を設計すること、工事を引き受けること自体に過失があると同時に、階下の住人に対して受忍限度を超える騒音・振動が発生していることが判明した後も、注文主が、そのような受忍限度を超える損害を発生させている工事の中止をしないことについては、事情によっては、注文主にも過失がある場合も考えられる。 確かに、注文主の不作為に対して不法行為責任を課すことは困難な問題を生じるが、階下の住人の強い抗議を考慮して、苦情を受けた施工者が注文主に対して工事の中止を打診しているなどの事情がある場合には、漫然と工事の中止を指示しなかった注文主にも責任が認められる余地はあり得ると考えるべきであろう。